山本晋作のブログ

もうすぐアラサーになってしまう…

皆さんはどうしても治せない癖ってありますか?僕は…

お題「私○○がやめられないんです!」

 

ここで書くほどの内容ではないんですけどね、

 

このお題で書くとなったとき、僕には特にやめられないほど熱中している趣味や大好きで毎日食べてしまうような好物等もありません。

ホント何があるだろうってすごく考えたとき、ふと浮かんだのが

毛を抜く癖が治せないということです(笑)

 

(こんなものでいいのだろうか、みんなはハマってるレシピや自己流の食べ方、趣味や好きなお店なんかを紹介してるのに…)

 

ですが今回はこんな僕のマジでしょうもない毛を抜く癖の苦労話です。

 

僕が毛を抜くようになったのは小学5年生のころ、まつ毛を抜き始めたのがきっかけです。目の前に何本もあるのに目視はできない、抜けるところを見たこともない、一体この毛は抜くことができるのだろうか…

そう疑問に思い抜き始めたのがきっかけです。

初めて抜けたときの感覚が癖になってしまい、何本か抜いているうちにまつ毛の不揃いが気になり、結局両目のまつ毛全てを抜いてしまいました。(皆さんにもこういう経験てあるものですか?)

まつ毛にだってちゃんと役割はあるそうです。(目に入るゴミを防いでくれるとか)

なのにやめられず抜き続けてしまい、とうとうまつ毛の無くなった僕はそのことが原因で学校でいじめを受けることもありました(ちなみに当時の僕のあだ名は「毛抜きのプロ」で、当時僕の特技は痛みなく人の毛を抜くことができることでした)

そのいじめをきっかけに僕はまつ毛を抜くことをやめようと決意し、まつ毛を抜く癖をなんとか克服できました。

 

ですが毛を抜こうとする癖(衝動)はなかなか治りません。眉毛を抜いたり指毛を抜いたり、今では顎(あご)の髭(ひげ)を抜くことが完全にやめられなくなっています。

気が付いたら顎を触って抜きやすい硬めの毛を手探りで探してしまいます。気になる異性といても気が付くと抜いてたりします。それを指摘されると結構最悪です…

コロナ禍でマスクをするようになると強制的に抑えられますが、マスクを外すと途端に顎を触りだしてしまいます。

 

調べて分かったのですが癖で髭を抜く人の心理は大きいストレスや不安感から逃れるためなんだそうです。抑えようとしても抑えられない人は「抜毛症(ばつもうしょう)」という慢性疾患なんだそうです。(ちなみに慢性疾患とは生活習慣病などの治療や経過に時間がかかる症状のこと)

また髭を抜くことはリスクも大きいようです

・髭が硬質化、多毛化する

・毛穴が傷つき、毛が肌に埋もれる(埋没毛)

・毛穴にばい菌が入り、ニキビの原因になる

メラニン(ほくろの原因)が活性化し、黒くなる

・肌がダメージを受け敏感肌になる

 

髭を抜き続けると、このようなリスクがあります。対処法としては…

・永久脱毛をする

・電動シェーバーで髭を剃る

・抑毛ローションで髭の成長を抑える

 

というのがあるそうです。そして今気づいたのはこうして書いて読んでいると髭も抜くことが怖くなり、抜こうとする癖を多少抑えられているということです。

リスクやデメリットを知れば危機感から悪く癖も治せるのかもしれない

とふと思いました。自分で勉強になりました(笑)

 

そうして今、改めて本文を読み返してみて思うのは、

「こんなしょうもないこと書いていったい誰に需要があるのか…」

という内容のくだらなさへの迷いです(笑)

読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

 

『激安物件の罠』いま引っ越しを考えてる人、物件を探している人へ

お題「「住んで最高だった」「住んで最悪だった 」という場所」

 

引っ越しをするとき、お部屋探し、失敗したくないですよね

そしてできれば少しでもいいところに決めたいですよね

僕は現在26ですが人生で4回引っ越しをしています。(多い方なのか?)

そんな僕の経験の中で、

間違いなく一番栄えていると確信できる横浜市鶴見区に住んだときの話です。

 

関東の住みたい街ランキング、ほぼ毎回1位を取っている神奈川県横浜市

そんな横浜市は18の区に分かれていてその中でも第2位の人気を誇るのが鶴見区です。

(ちなみに1位は横浜中華街もある中区です)

当時、就職した会社から遠かった僕は社宅に住むことを選びました。

物件は6条畳の1R(ワンルーム)、ベットと冷蔵庫は備え付けでお風呂はトイレと一緒のユニットバスと少々狭いが家賃は共益費込みで毎月15,000円!

実際は54,000円でしたが会社が39,000円負担だったので実質負担額は15,000円でした。(ちなみによくある質問ですが管理・共益費とは、入居者みんなで出し合って廊下や外壁などの共用部の美化等、維持にあてる費用のことです)

「横浜の!しかも鶴見区に!15,000円で住める!ちょっと狭いけど横浜だったらこのくらいだろう!」と当時浮かれていた僕は鶴見区という土地と安価な家賃、そして社会人になるという節目で疑ってかかる力が鈍くなっていたと思います。

 

当然ですが今から話すのはそんな憧れの街で体験した僕の人生最大の引っ越しミスのお話です。

引っ越しや物件探しをする際の注意点やポイントなど、皆さんにはどうか同じ思いをしてほしくないと思いまとめました。

これから、もしくは将来引っ越しを考えている方の参考になれば幸いです。

 

引っ越してから公開する物件の特徴

①駅から距離が離れている

まず僕の住んでいた社宅は駅から徒歩15分でした。僕がその以前に住んでいた物件は駅から徒歩5分でした。環境に変化が起きると以前の慣れていた利便性から不便なところに敏感になるのが人間です。仕事に出勤するために、それまで電車の出発時刻の10分ほど前に出ていた僕は、社宅に引っ越し発射時刻の20分ほど前に出る習慣にシフトせざるを得なくなりました

(また駅から遠くなると駅から物件までの信号機の数も増えて足止めも食らいやすく、より時間がかかってしまうのも特徴です)

たかが10分の違いと思うかもしれませんが、朝の10分というのはとても貴重だと僕は思います。自転車を使うこともできましたが、徒歩派の僕は自転車を利用しませんでした(大きめの駅は駐輪場から改札までの距離もややありますので)

物件探しの際、駅からの距離を気にしない人は結構います、実際僕も駅から物件の距離はあまり気にしていませんでした。しかし僕のような朝が弱い人や少しでも朝ゆっくりしたい人は駅からの距離は慎重に考えるべきだと思います

 

②栄えてる街ほど駅から遠方は廃れている

上記の「駅から徒歩15分」のお話と大きく関係する部分ですが、栄えてる街、大きい駅ほど駅から離れると人気(ひとけ)やお店がなく少し汚かったりします。

僕の住んでいたアパートの周辺は小さい商店街のようになっていましたが、ほとんどのシャッターが閉まっていて、若干ゴーストタウンのようになっていました(コロナ禍という影響もありましたが)

以前住んでいたアパート周辺も住宅街でしたが少し歩けば駅があり、周辺には多くのお店があります。ですが鶴見区に引っ越した当時は駅までは距離があり、気軽に行ける距離ではありません。当時ホームシックをこじらせていた僕はそのおおよそゴーストタウンという隣地にさらにホームシックを悪化させました。

 

③引っ越す以前より狭い間取り

僕が鶴見区に引っ越す以前の物件は1DKの23平米(㎡)で20代前半の一人暮らしにはストレスのない広さでした。

しかし引っ越した鶴見区の社宅は1Rの約16平米ほど、押し入れなどの収納もなく、備え付けのベットはあるため一層狭く感じました。

初めて部屋を見たときは本当に留置所のように感じました。

 

面積が狭く、収納もない部屋に住んでわかったことがいくつかあります。

⑴テレビとの距離が近くなる

⑵収納にしまっていた衣類が常にむき出し

⑶来客など万一に備えた物はほぼ置けない

⑷自炊など料理はほぼできない

⑸大概洗濯機は外で風呂トイレは一緒

⑹部屋にいる時間はほぼベットの上で怠け者になりがち

 

引っ越す以前より狭い部屋になる時、特に困るのは荷物の収納場所です。比較的ミニマニストの僕ですが服やスーツ、コートなどの収納場所には大変困りました。ホームセンターで買ったハンガーラックを買い、そこに服はかけていましたがただでさえ狭い部屋にハンガーラックの取るスペースは大きいものでした。来客用の布団類は捨てざるを得ませんでした。こうした狭い閉塞空間ではテレビや壁との距離が近くなり、孤独感や不安感を誘発し、ホームシックの大きな原因となります。

狭い部屋に住むとソファーやデスクなどを置くスペースはなく、部屋にいるときは基本ベットの上になります。そうして寝てばかりで行動しない骨粗鬆症(こつそしょうしょう:骨の質量が落ち、弱く骨折しやすくなる病気)やモチベーションの低下など心と体への悪影響は大きくなります。そうしないためにも。休みの日は外に出てカフェなどで過ごしたい僕でしたが、外に出てもゴーストタウンでしたので僕の心は一層追い込まれていきました。

 

④入居してからじゃないと気づけない欠陥

物件の中には図面や広告を見ても、たとえ内見したとしても実際に住んでみないとわからないことは多くあります。特に安価な賃料をウリにしている物件は次にあげるような見えない落とし穴が多くあります。

⑴シャワーの水圧が弱い

⑵シャワーからなかなかお湯が出ない

⑶備え付けIHの火力が弱い

⑷日当たりが悪い

⑸壁が薄い

⑹その他見えない部分の欠陥

 

僕が実際に住んだ物件にはこのような欠陥がありました。

まずシャワーについては内見時に水が流せないことが多くあるので内見では気づきにくいです。僕の住んだ社宅のシャワーは勢いの強弱が激しくとても使いづらく、またお湯がなかなか出ないので、使っていてお湯が出ないのにガス代だけがかかるという最悪のケースでした。ちなみに蛇口からのお湯はほぼ全く出ませんでした。

社宅のコンロは電気コンロというIHに近いものでしたが、熱の通りがとても悪く、まともに料理ができません。こちらも電気代だけが一方的にかかります。

また日当たりの悪さについては(もちろん部屋の向きにもよりますが)、場合によってはベランダの目の前に大きなマンションがあり、お昼時以外は日が差さないということもあります。朝に日光を浴びることは心と体にとてもいい影響を及ぼします。朝日を浴びることでセロトニン(ストレス緩和や頭の回転向上などの効果がある脳内神経物質)を分泌し、夜にはメラトニン(夜に早くぐっすり眠れるようになる脳内神経物質)を生成し身体に良いサイクルを作ります。しかしベランダの目の前に大きいマンションなどがあるとこのように朝日が差すこともありません。

壁の薄さの問題は激安物件の王道の欠陥です。内見のときはタイミング的にお隣さんがいないことが多く気づきにくいですが、実際住んでみて日が暮れると帰宅したお隣さんやご近所民の生活音がうるさく、大きなストレスとなります。

最後に見えない欠陥と漠然とした書き方になりましたが、僕が実際に経験したのは隣とのベランダの壁の破損でした。これが本当に強烈でした。ベランダの壁の片方だけ壊れて外れていたので常に扉のようにパカパカ状態(語彙力すいません…)

僕の社宅は比較的海に近かったので夜になると毎晩強風が吹いていました。そんなとき破損していたベランダの壁は鍵の壊れた扉のように毎晩…)

バガーンッ!! バガーンッ!!

とものすごい音を立てていました。(この音をなんとも思わないお隣さんヤバ…)

やはり安価をウリにしている物件にはこのような欠陥があります。上記に挙げたのはあくまでほんの一部です。

 

⑤事故物件

まず事故物件について説明させていただくと、主に自殺や他殺、不慮の事故などにより特殊清掃が必要な物件(部屋)のことを指します。病気や寿命などでなくなった場合はあまり特殊清掃は必要とはせず事故物件とは言われません。

僕は引っ越してから1ヵ月ほどして知ったのですが僕の住んでいたアパートはかつて癌(がん)でなくなった社員がいたそうです。どうやら寝ている途中に亡くなったらしく、僕の社宅はベットが備え付けのため「もしかしたら自分のいま寝ているベットで息を引き取ったのかもしれない…」と思ったときは本当に怖くなったのを覚えています。(実際は別の部屋でしたが)

ちなみに社宅の大家さんに何度聞いても「私は知らないんよ!私はなにも知らない!」と何度も知らを切られました。(いや大家さんが知らないわけないやろ…)

ちなみに今はアプリで事故物件を調べられますが僕のいた社宅は事故物件としては該当していませんでした。

引っ越しの際、万一事故物件の際は不動産屋に説明の義務があります。ですが社宅に引っ越す場合、事前の内見がないことがほとんどです。入居者へは重要事項説明(不動産契約時の事前の説明、家賃や設備、その他ルール等)がないことも多いです。現に僕はそうでした。

一般的な引っ越しの際も当然ですが、社宅へ引っ越す場合などは特に事故物件に注意する必要があります。余談ですが、僕の知り合いでタ〇シー運転手になった人によると、社宅はあったそうですがあまりに自殺者がいたため取り壊しになったそうです…(震え)

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。皆さんも似たような経験はありますか?

新卒で入社し社宅にも引っ越した僕でしたが、結果を言うと恥ずかしながら3ヵ月で退去、退職してしまいました。これは住んでいた社宅も大きく関係してると断言できます。

もちろん悪いことばかりではなく横浜や鶴見が悪いとはもちろん言いません、いいところももちろんあります(市の指定のゴミ袋がないとか)

ただ人には合う、合わないというのが必ずあります。

住めば都といいますがこの言葉は全ての人、すべての地に該当するわけではありません。逆にこの言葉を信じてさらに不幸になる人もいます。(簡単にいうことではありませんが僕はこの3ヵ月間で何度も死にたいと思ったし、この3ヵ月間を何年にも感じました。そのくらい本当に苦しかったです)

 

僕はいま不動産屋で多くのお客様の契約に携わっています。

社宅での失敗を生かし今ではとてもいいところに住むことができています。

今度は内見の際、図面を見る際に気を付けるべきポイントなども皆さんにお伝えできればなと思います。

 

皆さんの新居、新生活がより良いものになりますように

 

 

 

農業高校時代にマジのマジで死んだと思った体験

お題「これまで生きてきて「死ぬかと思った」瞬間はありますか?身体的なものでも精神的なものでも」

 

10年近く前のことです。

僕は畜産動物を飼育する農業高校に通っていました。僕の地元の埼玉県では農業高校はとても多かったのですが、畜産動物を扱う農業高校というのはめずらしかったです。そんな僕が畜産動物を扱う農業高校だからこそ体験した

「マジのマジで死んだと思った体験」

についてお話させていただきます。

 

僕の通っていた高校について説明させていただきますと、

一般的に多くの農業高校では野菜コース、食品コース、植物コース、動物コース、調理師コースのように様々なコースがあり、それぞれそのコースの専門的な知識が学ぶことができます。農業関連のコースの人たちは日々農業当番というのがあります(俗に「農番」とよばれ、以下そうよびます)。

農業科の植物コースや野菜コースの農番は花に水をあげたり植物採取や収穫などが主な作業でそこまで大変ではないと聞きました。

 

一方で僕たち動物コースの農番は、畜産動物たちの餌やりや小屋の糞尿等の掃除、搾乳や採卵(生まれた卵の収穫)など動物たちの世話をしたりと大変でした。初日の出を牛舎(牛の小屋)で見たり、ときには動物の出産に立ち会い、なかなか帰れないという日もありました。動物コースの農番は朝は早く夜は遅い、比較的遠くから通っていた僕は、農番の日は朝早くに登校して夜は遅くに帰る日々になります。(人によっては始発の毎日でした)

 

動物コースの農番は作業量の多さだけでなく作業自体も険しいもので、学校でも有名でした。

牛に蹴られたり足を踏まれたりとけがをする人も珍しくなく、中には骨折をする人もいました。その険しさから動物コースを断念して植物コースへ編入する人も多く、動物コースを専攻するには勇気や忍耐力が必要でした。

そんな過酷な動物コースを専攻する生徒たちは当時流行っていたアニメから「調査兵団」と呼ばれていました。(ちなみに当時坊主だった僕の友達のあだ名は「コニー」でした)

 

そんなときに僕はマジで死んだ思った体験をしました。

ある日、いつものように牛舎のパドック(牛や馬の入れてある檻の中)の掃除をしていると、三頭のホルスタインがこっちに向かって歩いてきます。

実は牛には21日に一回、発情期(交尾可能な生理状態になり、交尾を求める行動を起こす時期)がやって来ます。発情期の牛は乗駕(じょうが:交尾のために背後から乗りかかる行為)をしようとします。これは雄だろうと雌だろうと関係ありません。雄雌関係なく乗駕しようとしてきます。

 

(発情期の牛についてわかりやすく解説している動画がありましたので参考に)

https://www.youtube.com/watch?v=cmYgfwxqZJ0

 

掃除している僕にゆっくりと近づいてくる三頭のホルスタイン、僕は乗駕のことは聞いていましたが、まさか雌牛が、しかも人間に乗駕することはないだろうと思っていました。しかし念のためにと思い、すぐに掃除を終え小屋から早く出ようと駆け足でパドックの出口の方へと向かいました。これがいけなかったのだと思います。

 

振り返ると一頭の雌牛が僕をめがけて猛突進をし僕の目の前で前足を高くあげて乗駕しようとしてきました!

牛の体重は500~600キロ、最高時速は40キロといわれています。そんな立派な雌牛が僕をめがけて思いっきり突進し、のしかかろうとしてきたのです。目の前でバイクのウィーリーするような状態の牛、このような咄嗟のとき人は後ろに下がって避けるらしいですがその時僕の後ろは壁、横に逃げるにも反応が間に合わない、牛の前足が2メートルほど上がった。

r本能で動く動物に容赦や手加減といった倫理や道徳などありません。

 

「やばい… 死ぬ…」

 

心からそう思った。その一秒もない一瞬、やけにスローモーションに感じたのを今でも覚えています。両足が最高地点に達した瞬間、一瞬時が止まったようにも感じました。これが走馬灯というものなのかもしれません。

そして振りかざされた瞬間…!!

 

(ダンッ!!)

 

「…」

 

僕は体を背後の壁に限界まで張り付けていたおかげで、奇跡的に牛の両前足は僕の目の前に振り下ろされました。牛の頭は僕の体を添うように大きく振り降ろされ、前足が着地した瞬間、石に石をたたきつけたような大きい音がしました。一瞬、牛が驚いたのかキョトンとしてる隙に僕は急いで逃げました!走ってはいけないことなどすでに考えている暇はなく本当に全力で。

マジでパドックに入るのは一生トラウマになるのだろうと思いました。

 

当番が終わり先生にその日の動物たちの様子や変化などを報告をします。その時先生に牛から乗駕されそうになり死にかけたことを伝えると、

「それはお前が発情してるんだよ!ハハッ(笑)!」と軽く笑われました。

あわや大事故だったというのにずいぶん落ち着いたものです。

フザケンナコラと内心思いましたが、たしかに教師の方からすれば日常茶飯事のことなのかもしれません。改めて農業というものの恐ろしさを知ります。

 

 

農業、林業、漁業、一次産業と呼ばれるこれらの職業は本当に物理的な意味で命を落とす危険があります。これらの職業からは毎年、数百~数千の人が不慮の事故で無くなっています。機械に巻き込まれたり、船から落ちたり、倒れた木の下敷きになったり…。

本当に農家の人というのはすごいなと思います。農家の人たちには休日というものはなく、仕事をさぼっていい日も当然ありません。旅行などなかなか行けない。それは酪農家も野菜農家も一緒(余談ですが農家の人というのはお金持ちが多く、年収何千万という人も多く、みんな立派な家も持っています、その意味でも尊敬)。

 

僕たちが普段何気なく食している食事の原点にこうした農家の人たちの死と隣り合わせの苦労があるのだなと改めて実感した貴重な経験となりました。

 

 

 

僕がブログを始めたのは…(いま人生が辛い人へ)

はじめまして、

僕のブログを開いていただきありがとうございます。

(自分の話になってしまいますが、少し話させていただきます)

 

僕は普段、賃貸専門の不動産屋に勤めているFラン大卒の会社員26歳です。

不動産勤めといってもお仕事の内容は主に契約前の重要事項の説明や経理業務といった一般事務がメインで、営業はやっていません。

実は営業では一度挫折を経験しております。朝早く出勤し無賃労働させられたり、自転車で20キロ近く漕がされて写真を取りに行ったり、電気もつかない部屋の写真を夜に取りに行ったりと不動産業の想像以上の過酷さとリアルに早々にリタイアを決意してしまいました。毎日眠れない夜にこのままではまずいと思い、勇気を出して上司に話したところ宅建を持っていたこともあり、経理部への異動することができました、大変恥ずかしながら1か月も持ちませんでした。

 

そうして経理部への異動が叶い気合を入れなおし頑張ろうと思っているのも束の間、時期はすでに1月で賃貸系不動産業界は嵐の繁忙期を迎えていました。忙しさに気が立つ上司たちの苛立ちは入ったばかりの自分に向けられました。営業部をすぐにリタイアし、繁忙の直前に入ってきた自分は足でまとい以外の何物でもありませんでした。根性もないダメな奴というレッテルを貼られていたと思います、女性たちが嫌がっているから近づくなとも言われました。日々上司から強く当たられここもやめたいと思ってしまいました。これでも学生時代は寿司屋のバイトを2年、カフェを2年続けられた自分なのに…

 

本当に自分は社会不適合者だなと絶望するのですが、ここを今やめるのは本当にまずい、もうどこの会社も雇ってくれなくなる、ずっと逃げ癖がついてしまうと思い、やめたい気持ちを押し殺して会社を続け、少しでもメンタルを保つべく銭湯に行き、サウナに行き、ランニングをし、筋トレをして男性ホルモン出してなんとかメンタルを保ち嵐の繁忙期を乗り越えることができました。なんとか今も会社を続けられていますが、残念ながら一度ダメな奴とレッテルを貼られてしまった僕はいまも上司からのいじめの対象というポジションは変わらずにいます。

 

そうして今、僕は二年目の繁忙期を迎えようとしています。繁忙期を前に今も上司から少し教わったばかりの厄介な仕事を任されようとし、できなければまた雑務に戻っていただきますと脅されています。楽しいのでしょうかね、こういうこというのが…

おおよそ社会不適合者の僕はどうしたらいいのか、このまま今の会社を続けるのだろうか、学生の時のようにまたいじめを我慢して生きていくのか、そうして考えているうちにストレスの吐き口として、今こうしてブログとして書いています。会社が好き、今の仕事が好き、同僚が好き、会社が近い、給料がいい、こうした感情を持ちながら社会で働く人たちはいったいどれほどいるのだろう、本当に幸せなことだろう。こんな劣等感ばかり抱えている人はどれほどいるのだろう…

 

こんなおおよそ社会不適合者の僕ですが人と話すことというのは好きで、自分の話をするのも人の話を聞くのも好きで、頭の中でごちゃごちゃ考えるのも苦しいのでブログを書いてみることにしました。いったい何を書いたらいいのか、不安でいっぱいで文章力もないし、でも何かブログに書けることがあるとしたら、こうした過去の苦し経験と学んできた微々たる知識かなと思ったりします。

僕は大学生時代、学費と時間を無駄にしてはいけないと思い、多くの本を読み、様々なことに触れてきました、中にはおおよそ役に立たないことも多少ありましたが(笑)

いつかはフリーランスになりたいとも思ったりします。

 

始めたばかりで何をどのように書いたらいいかもわからないし、プロの人みたいに何千文字も書いたりできるとも思えないし、ブログの仕組みとか本当にわからないことだらけでこれから本当に不安ですが、どうしても始めてみたかったので、はじめてみました。

 

正直いまも終わりに書く締めの言葉が見つかりませんが(笑)

これから頑張ろうと思うばかりです。よろしくお願いします。